未来の価値

第 17 話


時刻は既に2時を回っていたが、建物内は煌々と明かりが灯されていた。

「お待ちしておりました、ミレイ様」

玄関を開け、出迎えたのは黒髪のメイドだった。

「・・・日本人?」

思わず日本語で尋ねると、メイドは驚いたようにスザクを見た。

「篠崎咲世子と申します」
「枢木スザクです」

互いに深く頭を下げる。

「咲世子さん、毛布持ってきてくれるかしら?」

毛布を?と、一瞬考えた咲世子だったが、スザクに背負われているルルーシュに気づき、畏まりましたと頭を下げた。

「リヴァル、スザク君を案内してくれる?」
「任せて下さい会長!」

一度ミレイと別れ、今度はリヴァルを先頭に、建物内を歩く。
辿り着いたのは、学園の建物には不釣り合いな居住空間だった。
ダイニングテーブルと、仕切りの向こうにはキッチンも見える。
何で学園の施設にこんな場所が?と、思わずきょろきょろと視線をさまよわせていると、リヴァルがダイニングの椅子を引いた。

「とりあえず、ルルーシュ降ろそうぜ」

リヴァルの手を借りながら、眠るルルーシュを椅子に座らせると、丁度咲世子が毛布を持って戻ってきたので、それを掛けた。これだけの事をされても起きる気配はなく、長い睫毛に縁取られた瞳は固く閉ざされたまま、昏々と眠り続けている。

「今お茶をお持ちいたします」

そういって、咲世子はキッチンへと下がる。

「えーと、スザクだっけ?俺、リヴァル。リヴァル・カルデモンド。よろしくな」

笑顔と共に手を差し出してきたので、スザクも笑顔でその手を取った。

「枢木スザクです。よろしく」

シュン、と言う音がしたので振り変えると、今スザク達が通った扉が開かれ、そこにミレイが立っていた。

「おまたせー」

明るい声でミレイはそう言うと、部屋の中へ入った。
ミレイの後ろには、他にも人影二つあった。
一つはウエーブの掛かった長い髪の車いすの少女。
一つはその車いすを押している長い髪の少女。
スザクは数度瞬きした後、車いすの少女を見つめた。

「・・・ナナリー?」

車いすに閉ざされた瞳、そしてミルクティのような柔らかな色合いの髪と、ゆるくウエーブのかかった髪。何よりその面影。
間違いないと思いつつも、思わず疑問形で声をかけてしまった。
すると、ナナリーは見知らぬ声に驚いたのか、一瞬だけびくりと体を震わせた。

「・・・はい。あの、私の事を御存じなのですか?」

不安そうな顔で尋ねてきたので、スザクはくすりと笑った後、ゆっくりとナナリーに近づいた。ミレイとリヴァルはルルーシュとスザクのやり取りで警戒は解いているが、それを知らないシャーリーは僅かに体を緊張させ、ナナリーも表情を硬くした。
車いすの前に跪くと、スザクはナナリーの手を取った。
すると、ナナリーの表情はハッとなり、その顔のこわばりが解けた。
そして、両手でスザクの手を包み、その肌を撫でた。

「この手・・・まさか・・」

驚きを滲ませた声に、スザクはまたくすりと笑う。すごいな、7年ぶりだというのに、手だけで解るのだろうか?あの頃とは大きさも感触も違うというのに。

「久しぶりだね、ナナリー」

そう声をかけるとと、ナナリーはその顔に笑みを乗せ、はらはらと涙を流した。

「やっぱり、この手はスザクさんの。無事だったんですね!」
「うん、ナナリーも元気そうだね」
「はい!」

ナナリーは涙を流しながら、花もほころぶような笑みで頷いた。
そんな二人に、ミレイは心の底から安堵の息をついた。理由は解らないが、スザクはルルーシュだけではなく、ナナリーとも知り合いだったのだ。シャーリーもリヴァルも、ほっとした表情で、二人を見つめた。

「あ、すみません。嬉しいのに涙なんて」

ナナリーは恥ずかしそうに笑った。

「嬉し涙ならいっぱい流していいのよ!」

ミレイはそう言うと、ハンカチでナナリーの頬を拭った。

「あの、スザクさん。お兄様とご一緒だったのですか?」

ルルーシュならば、真っ先にナナリーの傍に来るはずなのに、いまだその声すら聞こえず、ナナリーは不安を滲ませた声で尋ねた。

「一緒だったというか、今も一緒だけどね」
「え?」
「ルルーシュもそこにいるんだけど、疲れて寝ちゃってるんだ」

スザクは車いすを押していたシャーリーに軽く会釈をした後、車いすを預かり、ルルーシュの傍へ移動した。察したリヴァルが動き、ルルーシュの隣の椅子がどけられ、ナナリーの車いすをそこに移動させる。
そしてぐっすりと眠るルルーシュの手を取ると、ナナリーの手にのせた。

「この手、お兄様の・・・!」

嬉しそうな弾む声で、ナナリーは視線をその手からルルーシュの顔があるだろう方へ向けると、手探りでルルーシュの頬に触れた。

「お兄様、お疲れなのですね」

殆ど休みなく働いていたルルーシュの肌は荒れていて、ナナリーは一瞬顔を曇らせたが、それでも愛する兄が戻ってきた事に、喜びは隠せないようだった。

「スザク君、まずは自己紹介ね。私はミレイ・アッシュフォード。よろしくね」

そして、と視線をリヴァルに向けた。

「あ、俺は自己紹介済ませました」

と、明るい笑顔でリヴァル。

「じゃあ次はシャーリーね」
「私シャーリー。よろしくね、スザク君」
「枢木スザクです。よろしくお願いします」
「リヴァルとシャーリー、そして私とルルーシュは、このアッシュフォード学園高等部の生徒会に所属しているの。このクラブハウスは生徒会専用の建物で、ルルーシュとナナリーの家でもあるわ」

ルルーシュ達が彼女を会長と呼んだ理由がこれで解った。
彼女は生徒会長なのだ。

「じゃあ、ルルちゃんが寝ている間に、情報交換を始めましょうか」

ミレイはニッコリと笑いながらそう言った。

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